性的暴行を撮影したビデオの提出を命じた宮崎地裁の決定を支持します

当フォーラムは、性的暴行の場面を撮影したビデオの提出を命じた宮崎地裁の決定を支持する旨の意見表明を行い、宮崎県内で記者会見を行いました。

当フォーラムの意見は、以下のとおりです。

「宮崎地裁ビデオテープ事件についての意見表明」犯罪被害者支援弁護士フォーラム(VSフォーラム)

平成27年10月15日

犯罪被害者支援弁護士フォーラム(VSフォーラム)
共同代表 弁護士 杉 本 吉 史
同    弁護士 山 田   廣

宮崎地裁ビデオテープ事件についての意見表明

 私たちは平成22年に設立された被害者支援を専門とする弁護士集団です。当VSフォーラムは、全国で日々発生する犯罪被害者の方々から、本当に自分たちのために役だってくれる弁護士、信頼できる弁護士、支援弁護士の高いスキルを持った弁護士を求める声を受けて、設立された団体です。
 私たちは、支援の実践を通じて、真に被害者に寄り添った活動を行うとともに、制度の運用、改善及び法改正の提言を行っております。
 ところで、宮崎地方裁判所は、平成27年9月1日、強姦罪等に問われた被告人に対し、犯行状況を隠し撮りしたビデオテープ(以下「本件ビデオテープ」という。)の原本の提出を命じました。弁護人は、これを不服として抗告をしましたが、福岡高裁宮崎支部は、同月15日、同抗告を棄却しました。これら宮崎地裁及び福岡高裁宮崎支部の判断(以下、併せて「本件決定」という。)は、性犯罪被害者の精神的苦痛を十分に配慮したものであり、当フォーラムはこれを支持します。

 ついては、その理由について、下記のとおり、述べます。

第1 犯罪被害者保護の視点から見た本件決定の意味
 性犯罪被害に遭うということは、それだけで被害者の人生を奪うほどのダメージがある。そのダメージは、犯罪行為の被害場面を直接撮影されている場合には、より一層大きくなる。性犯罪被害者は、被害を受けた事実を、家族も含め、誰にも知られたくない気持ちが特に強いからである。
 性犯罪被害に遭っただけでも、被害者は、被害に遭った事実を一生涯抱えていかなくてはならないのに、仮に、犯人の手元に、性犯罪の被害場面を撮影した動画や画像が残っている場合は、被害者は「誰かに知られるかもしれない」、「既にネットに流出しているのではないか」という、性犯罪被害とは別個の新たな不安を抱え続けなくてはならない。実際に、性犯罪の被害場面をネットに投稿された被害者もいる。その被害者は、世界中の人が自分を知っていると感じるようになり、髪型や髪の毛の色を変えた。それでも、外出先で知らない人と目が合うと、「あの人は私の画像を見たんだ」と感じるという。
 本件の裁判中、被告人は、犯行状況を隠し撮りしたビデオテープに関する質問について、まともに回答しようとすることはなく、挙句、最終陳述では、ビデオテープは後日のトラブル対策のため撮ったものであり、今後徹底的に対応し半生をかけて戦うので、その武器になるビデオテープは返さない旨を述べている。このように被告人は、本件の犯行状況を隠し撮りしたビデオテープについて、データの削除はおろか原本の返還を頑なに拒否している。
 被告人は、各被害者の名前や犯行日時を記載するなどしてビデオテープを管理していた。また、被告人は、裁判中、自分を告訴した各被害者に対する敵意を露わにしており、各被害者を「自称被害者」「うそつき」などと暴言を吐いて罵り、一部の被害者に対しては偽証罪の適用をも求めている。
 このような被告人の言動からすれば、本件ビデオテープ原本が被告人の手元に返った場合、被告人が、各被害者に対する報復を実現する手段として、インターネットへの画像の流出等の手段により本件ビデオテープを悪用することは想像に難くない。
 本件ビデオテープ原本が被告人の手元に残れば、被害者は、それがいつか公開されるのではないかという不安に晒され続けることになる。これは犯罪の二次被害にほかならない。その意味で、今回、検察庁が本件ビデオテープ原本の没収を前提とする差押えを求め、裁判所が検察庁の求めに応える形で本件決定を下したことは、被害者の心情に配慮したものであり、社会的に非常に意味があることである。

第2 本件決定の法的根拠
 本件決定は、本件ビデオテープの原本を没収する旨の判決を下すことを前提にしたものであるが、この没収にも十分に理由がある。
 刑法19条1項2号は、「犯罪行為の用に供し」た物は没収することができると定めている。同号は、実行行為それ自体に供した物だけでなく、実行行為を容易にし、あるいは逮捕を免れ、その他、犯罪の遂行に促進的な作用を及ぼす物についても適用される。
 検察庁は、本件ビデオテープが同号の適用対象となる理由として、要旨次の①~③を挙げているが、これはビデオテープが本件各犯罪の遂行に促進的な作用を及ぼす理由を列挙したものであり、当然に同号が適用される。
 ① 本件犯行状況の隠し撮りが、被害者に心理的圧力を与え、より一層、被害者の反抗を困難にさせた。
 ② 隠し撮りをしながらの犯行が性的興奮を高める効果を有していた。
 ③ 告訴取下げの交渉に使うなど、本件ビデオテープを、逮捕を免れる目的に供しようとしていた。
 性犯罪の際に撮影されたビデオテープに対して、刑法19条1項2号が適用された例は過去わずかである。今後、裁判所が本件ビデオテープ原本に対する没収判決を下すのであれば、それは、性犯罪被害者の尊厳に配慮がなされ、被害者にとって画期的なこととなり、当フォーラムはそのような判決を歓迎するものである。

第3 刑事弁護人の姿勢について
1 本件の刑事弁護人(以下,「本件弁護人」という。)も、当然ながら被害者に対して、二次被害を与えぬよう弁護活動をしなければならない。
 ところが、裁判中、本件弁護人は、裁判所及び被害者から要請された本件ビデオテープ原本の任意提出を頑強に拒否し続け、公判手続は結審した。本件弁護人は、裁判で証拠として取り調べられた本件ビデオテープの複製は音声及び画像が粗いため、被告人しか聞き取れない音声や鮮明な映像が記録されている本件ビデオテープ原本こそ被告人の無罪を基礎付ける重要証拠である旨を述べた。確かに、真実発見は刑事司法の大きな役割である。
 しかしながら、本件弁護人の弁解はまったく理解しがたいものである。真に無罪立証に必要な重要な証拠であるならば、複製ではなく、原本そのものを第一審の段階で、直ちに裁判所に提出しておけば良かったからである。
 また、本件弁護人は、上級審での防御に備え、本件ビデオテープ原本を保管する必要がある旨述べるが、裁判所の要請があったにもかかわらず、第一審であえて任意提出を拒否したのに、上級審で突如として重要な証拠になるというのは理解困難である。
2 当フォーラムにおいては、現在、刑事弁護をするにあたっては犯罪被害者を無視しても構わないと考える刑事弁護人が存在することを危惧する。
 平成27年6月2日に宮崎県で開催された「刑事弁護フォーラムIN宮崎シンポジウム『刑事弁護人の役割とは何か』」で、刑事弁護を多く取り扱う弁護士が、「刑事弁護は、国家対被疑者被告人の立場で、被疑者被告人を弁護するのが本質であり、被害者対被疑者被告人という立場で弁護するものではない。刑事弁護は、国家の刑罰権行使に対応するということであり、これにより結果的に被害者が嫌な思いをするのは刑事弁護に内在するもので肯定される」という趣旨の発言をしている。『季刊刑事弁護83号』にも、ほぼ同様の意見が掲載されている。
 このような刑事弁護人の役割に関する理解は、時代遅れであると言わざるを得ない。平成16年に犯罪被害者等基本法が制定され、同法6条は、「国民は、犯罪被害者の名誉又は生活の平穏を害することのないよう十分配慮」しなければならないと定め、その前提として同法3条は、「すべて犯罪被害者等はその尊厳が重んじられ、尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」と明記し、被害者の尊厳の権利を認めている。さらに、同法を受けて閣議決定された平成17年の第一次、平成23年の第二次犯罪被害者等基本計画においても、「刑事司法は犯罪被害者等のためにもある」と宣言されているのである。これを受けて、被害者は法廷内に入り、刑事裁判に直接参加することも認められた。従って、刑事司法においては、被疑者や被告人の利益だけを守れば良いという時代は終わりを告げている。被害者には、被告人に適正な刑罰を科してほしい、犯罪の真実を明らかにしたい、そして、なによりも被害者の名誉を守ってほしいという3つ利益があり、これらは法律上正当に保護される利益であるというのが現在の法令の理念であり、国民の声でもある。
 刑事弁護人も同法6条の国民の一人である。刑事司法に関わり、犯罪被害者の権利や名誉の保護に深く関与する刑事弁護人においては、国民の中でもとくに犯罪被害者の権利や名誉を害さないように刑事弁護の職務を全うしなければならないというべきである。
 先ほどの季刊刑事弁護で寄稿した弁護士は、「刑事弁護人の役割が広く市民に理解され、浸透していくことを願ってやまない」と述べているが、本件の刑事弁護人の活動は国民から支持されるどころか、逆に、刑事弁護活動一般に対する国民の健全な理解を害し、場合によっては、弁護士というものは被害者の権利の擁護とは無縁の立場にあるとの、まったく間違ったメッセージを社会に発信することにもなりかねないもので、強い危惧感を持たざるを得ない。
 本件弁護人の行為は、犯罪被害者の権利に対する理解を著しく欠いた、旧態依然たる対応であり、被害者保護の法令が整備された現在においては、もはや時代錯誤である。

第4 最後に
 以上のとおりであるから、当フォーラムは、本件決定を、性犯罪被害者の心情を十分に汲み取ったものとして支持するとともに、本件ビデオテープの原本が被告人の手元に残ることが絶対にないよう、強く求める。

以 上