日弁連の「死刑事件の弁護」の手引きに異議あり

2015年10月に、日本弁護士連合会が発行した「死刑事件の弁護のために」と題する手引きには、
 「否認事件や正当防衛事件等では、参加そのものに反対すべきである。少なくとも事実認定手続と量刑手続を二分し、後者にのみ参加が許されるとの意見を述べるべきである。」
と記載されていました。
 これを受け、当フォーラムは、日本弁護士連合会及び全国の各単位会(弁護士会)に対し、被害者支援制度の理解を高めるべく、平成27年10月19日、記者会見を開き、手引きに反対の意見表明をするとともに、下記内容の意見書を発送しました。

「全国の弁護士会、弁護士に訴える」犯罪被害者支援弁護士フォーラム(VSフォーラム)

全国の弁護士会、弁護士に訴える

平成27年10月19日

犯罪被害者支援弁護士フォーラム(VSフォーラム)
共同代表 弁護士 杉 本 吉 史
同 弁護士 山 田   廣

 私たちは平成22年に設立された被害者支援を専門とする弁護士集団です。当VSフォーラムは、全国で日々発生する犯罪被害者の方々から、本当に自分たちのために役だってくれる弁護士、信頼できる弁護士、支援弁護士の高いスキルを持った弁護士を求める声を受けて、設立された団体です。私たちは、支援の実践を通じて、真に被害者に寄り添った活動を行うとともに、制度の運用、改善及び法改正の提言を行っております。
 ところで、日本弁護士連合会(以下「日弁連」と略称します。)は平成27年10月、全国の単位会に対し、会内資料として、「死刑事件の弁護のために」と題する手引き(以下「手引き」と略します。)を送付しました。
 手引きには、被害者参加への対応方法として、「(死刑事件の)否認事件や正当防衛事件等では、参加そのものに反対すべきである。少なくとも事実認定手続と量刑手続を二分し、後者にのみ参加が許されるとの意見を述べるべきである。」と記載されているほか、被害者の権限行使に対して随時否定的な意見を述べるべきである旨の記述があります。これらは、被害者支援に携わる弁護士の立場からは看過することのできない内容です。
 そこで、当VSフォーラムでは、各単位会及び各弁護士に対し、
① 被害者参加制度の趣旨を理解した上で、刑事弁護活動を行うこと
② 死刑事件の否認事件及び正当防衛事件においては被害者参加に反対すべきという手引きの内容を鵜呑みにせず、個別の事案をよく吟味・検討した上で、自己の良心に基づいて弁護方針を立てること
を要請します。

 本反対意見書の要旨は、下記のとおりです。

1 被害者参加制度への無理解
 手引きの記載は、被害者参加制度への理解に欠けています。そもそも、被害者参加制度は、被害者が直接裁判に参加し、自ら発言したいという強い思いから生まれた制度です。
 従前、被害者は事件の最大の当事者であるにも関わらず、手続から完全に排除され、刑事裁判は、被害に遭っていない検察官、裁判官、弁護人、被告人だけで行われていました。被害者の中には、傍聴席で「違います」と2度叫んだだけで退廷処分を受けたり、「良く聞こえないからマイクのボリュームを上げて下さい」と要望しただけで閉廷後、裁判官に呼ばれ「傍聴人に聞かせるために裁判をしているのではない」と一喝されたり人もいました。また、被害者は、刑事事件の記録を閲覧できないのはもちろん、判決文すら受け取れず、裁判の日程も教えてもらえませんでした。自分の気持ちを伝える機会もなく、知らないうちに裁判が終わっていて、被告人がどのような刑に処せられたのかも分からなかったのです。どうして、このような刑事司法が被害者の、また国民の信頼を得られるというのでしょうか。こうした被害者たちの過去の苦い経験を経て、被害者が直接、裁判に関わることができるようにするため、被害者参加制度が創設されたのです。
 被害者からの参加の要望は、事件が悪質であればあるほど、また死刑事件など結果が重大であればあるほど、さらに、否認したり、正当防衛を弁解したりするのであれば、より一層真実を知りたいと思い、参加への希望は強くなります。とりわけ、その弁解を被害者が不合理と感じるのであれば、自分が裁判に参加して真相究明を見届けたいという思いがよりいっそう強くなるものです。にもかかわらず、死刑事件の否認事件等について参加に反対すべきだなどというのは、被害者参加制度そのものを否定するに等しく、著しい理解不足・偏見に基づく見解だと言わざるを得ません。
 そのほか、手引きでは、「在廷の人数を絞る」とか、「被害者側の質問を委託弁護士が行うべき」などの意見を述べることが提案されていますが、このような提案がされるのも被害者参加制度への理解が欠如しているからです。複数の遺族の在廷や、被害者本人による質問も、被害者本人らが望むならば、被害者参加制度の趣旨からすれば、原則としていずれも認められるべきものです。
 被告人の弁護人(以下「刑事弁護人」といいます。)は、どのような理由で、上記のような意見を述べるというのでしょうか。合理的な理由がなかった場合、刑事弁護人は、裁判所から、「被害者を排除して事件を真実から遠ざけたいだけだ」という印象を持たれるだけです。
 被害者参加制度を導入する際、日弁連は、被害者が感情的になって法廷が荒れるとか、裁判員の感情を過度に刺激するなどの理由で、「被害者参加制度は将来に禍根を残す制度である」と言ってその導入に強硬に反対しました。未だにその見解は撤回されていません。しかし、制度導入以来、被害者参加人は、十分に事前準備をし、法廷では怒りや悲しみをこらえ、とても冷静に自分の気持ちを表現しています。また、裁判員は被害者の生の声に涙しながらも、理性的な評議によって、妥当な判決を導こうと努力しています。被害者参加制度は見事に機能しているのです。検察官や被害者を罵倒したり、突然土下座したりして、被告人が感情的に法廷を荒らしているケースすらあります。

2 刑事弁護人の活動として
 手引きは、死刑事件の刑事弁護活動を全うするために、否認事件や正当防衛事件への被害者参加自体に反対すべき旨記載していますが、これは筋違いの議論です。刑事弁護人の職務は、被告人の権利を不当な国家権力から守ることであって、被害者に認められた権利を不必要に制限し、被害回復を妨害することではありません。
 否認事件には色々な種類があり、刑事弁護の手法もその事件ごとに検討すべきものです。例えば犯人性を争うなら、アリバイがある、真犯人は別にいる、無実の人を罰しても被害者救済にならない、と主張すればいいし、構成要件に該当しないというのであれば、事実認定の在り方とか罪刑法定主義について、分かりやすく説明すればいいだけのことです。また、殺意を否定するのであれば、客観的な遺体の状況や被告人質問などによって主張・立証を尽くすべきことです。被害者の供述に疑問があれば、証人尋問で弾劾すればよいことであり、被害者の参加自体を制限するのは本来筋違いです。正当防衛の主張も然りで、こういった弁護活動こそが、まさに刑事弁護人の腕の見せ所ではないでしょうか。そのような努力を怠り、弁護人の弁護能力が劣っていることを棚に上げ、事件の最大の当事者である被害者の口を封じてしまおう等というのは姑息としかいいようがなく、同じ法曹として恥ずかしい限りです。弁護士であるなら、法廷で堂々と論戦すべきです。刑事弁護人は無罪を目指して上記のような刑事弁護活動を進め、それとは別に、被害者は被害感情等を語る、この2つは両立する訴訟活動のはずです。
 もし個別の事案において、本当に被害者参加に反対すべき場合があれば、そのときに合理的な理由を述べて反対をすべきです。死刑事件の否認事件や正当防衛事件であれば参加そのものに反対すべきとの意見を述べるべき、という手引きの記載はあまりに乱暴な議論です。
 刑事弁護人が、合理的理由もないまま、手引きに従って被害者参加の申出に反対意見を述べたとしても、それを鵜呑みにして被害者参加を不許可にするほど日本の裁判所は愚かではないと我々は信じています。そのような反対意見が述べられた場合、我々被害者支援をする弁護士は、裁判員に対し、「この被告人は、被害者が裁判に参加すること自体に反対して、被害者の口封じをしようとした。これは被害者をさらに傷つける二次被害である」ことを述べます。それを聞いた裁判員は、被告人に対し、どのような印象を持つでしょうか。裁判員は、あらゆる情報を得た上で判断したいと考えているはずです。被害者の気持ちだけ言わせないようにしたことが発覚したら、そのこと自体、被告人の不利益になり、刑事弁護人の職務に反します。
 さらに、犯罪被害者等基本法にも目を向ける必要があります。平成16年に犯罪被害者等基本法が制定され、同法6条は、「国民は、犯罪被害者の名誉又は生活の平穏を害することのないよう十分配慮」しなければならないと定め、その前提として同法3条は、「すべて犯罪被害者等はその尊厳が重んじられ、尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」と明記し、被害者の尊厳の権利を認めています。さらに、同法を受けて閣議決定された平成17年の第一次、平成23年の第二次犯罪被害者等基本計画においても、「刑事司法は犯罪被害者等のためにもある」と宣言されています。これを受けて、被害者は法廷内に入り、刑事裁判に直接参加することも認められました。従って、刑事司法においては、被疑者や被告人の利益だけを守れば良いという時代は終わりを告げています。被害者には、被告人に適正な刑罰を科してほしい、犯罪の真実を明らかにしたい、そして、なによりも被害者の名誉を守ってほしいという3つ利益があり、これらは法律上正当に保護される利益であるというのが現在の法令の理念であり、国民の声です。
 刑事弁護人も同法6条の国民の一人です。刑事司法に関わり、犯罪被害者の権利や名誉の保護に深く関与する刑事弁護人においては、国民の中でもとくに犯罪被害者の権利や名誉を害さないように刑事弁護の職務を全うしなければならないというべきです。

3 裁判員裁判における被害感情の評価について
 手引きは、「被害感情が、事実上かつ証拠上、法廷に満ちあふれること、それが裁判員・裁判官をして死刑への判断へ傾かせる可能性があることを認識すべきである」、「被害を受けた生の悲惨な状況を直接聞いた場合、心証への影響は少なからずある。また、被害者参加人による求刑は検察官求刑を上回るものとなることが多く、裁判員にかなりの影響をもたらすことも考えられる」と述べるなど、裁判員が被害感情に影響を受けることを強く警戒しています。
 しかし、裁判員制度が生まれた理由は、裁判の中に一般市民の健全な良識を反映させて、職業的裁判官が陥りやすい欠点を市民の目で是正していこうというところにあります。それによって、司法に対する国民の信頼を回復しようというところに狙いがあったはずです。一般市民である裁判員が被害感情に影響を受けて量刑を決定することは、裁判員裁判制度自体に織り込み済みなのです。ところが、刑事弁護人は、この影響を抑制しようとしているようです。これは、裁判員裁判制度そのものの否定です。また、国民の良識を全く信頼していないということの表明でもあります。
 裁判では、被害者参加人だけでなく、被告人の意見も裁判員の心証に重大な影響を与えます。刑事弁護人も、被告人質問における被告人の態度や供述ぶりに留意し、裁判員が被告人に好印象を抱くようアピールしているはずです。被告人の意見だけは裁判員の心証に影響を与えてよく、被害者参加人の意見の影響は限定的にすべきだというのでは理屈に合いません。
 また、意見を聞く前から、一方の意見は正しくないから聞かない、他方の意見は正しいから聞くというのは、偏見に基づく裁判です。裁判員は、被害者参加人と被告人の双方から十分に意見を聞いて、公正な量刑判断をするはずです。

4 日弁連の対応について
 また、手引きは、日弁連刑事弁護センターが、各単位会に配布したものであり、その配布の責任は日弁連が負っています。少なくとも、このような手引きの内容については、日弁連犯罪被害者支援委員会に意見照会した上で、日弁連理事会で決議がなされるべきです。
 しかし、手引きの内容や配布について、日弁連犯罪被害者支援委員会に意見照会がなされたり、理事会で議論がなされたりした形跡はありません。
反対意見の聴取すら行わないような組織が国民の信頼を得られるはずがありません。

以 上